石破茂が“崖っぷち”…ここにきて因縁の相手・安倍晋三批判を強めてきた

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痛烈なアベノミクス批判
18日間の参議院選が折り返しを迎えた6月30日の午後、暑さにうだる蒲田駅前で自民党公認候補・朝日健太郎参議院議員の応援演説をする石破茂元幹事長の姿を見た。

日本にとって最大の問題は人口減少だと石破氏は説いていた。「1年に鳥取県の人口を超える60万人がいなくなっている。このままでは80年後に、日本の人口は半分になる」と危機感を募らせた。

防衛の専門家である石破氏はこうも述べた。「領土は自衛隊が守ってくれるが、人口減こそ政治が真剣に向き合わなければならない問題だ」と。そして「働く人たちがきちんと所得を得られる社会に変えていきたい、安心で安全な日本を創るのが朝日健太郎です」と締めくくった。

だが朝日氏の名前を借りつつ、石破氏は“ある存在”を痛烈に批判をしているようにも思える。これまで戦った4度の自民党総裁選のうち、2度も激突した安倍晋三元首相だ。

「確かに株価は上がったでしょう。しかし株式を持っているのは日本人の17%しかいない。取引の70%は外国人がやっているのです。外国人、大企業、経営者、そういう人だけが金持ちになっても仕方ない。どうやって働く人たちがきちんと所得を得られるか、それを考えなければならない」

同じく自民党候補の応援をしている安倍元首相は、もっぱらアベノミクスの成果を強調している。新型コロナウイルス感染症とウクライナ危機で世界的なインフレが進行しているのに、「金利を上げてはいけない」とゼロ金利政策維持を訴えている。

師・田中角栄の教え
確かに第2次安倍政権の6年半で、有効求人倍率は上昇し、失業率は下がった。だが1人当たりのGDPは中進国並みとなり、日本の相対的地位は低下した。まずは大企業や富裕層を富ませ、経済活動が活発化して貧困者にも富を浸透させるというアベノミクスの中核となった“トリクルダウン”は実現しなかった。安倍元首相が強烈に押しているゼロ金利政策は、円安を急激に加速している。

そのようなアベノミクスに反旗を翻すように、石破氏は畳みかける。「エネルギー自給率は12%」と円安によってますます国民生活が困窮しかねない危機を示唆するとともに、食料安全保障も訴えた。

「ニーハオ(恵馨閣)、歓迎(あやめ橋店)、春光園」と地元の飲食店の名前を次々とあげ、「中華そばの自給率は13%にすぎない」と説いた。また「檍(あおき)とか丸一とか」と、とんかつ屋の名前をあげて「豚肉の自給率は8%か7%くらい」、さらに「鳥久」の名前もあげて「鶏肉の自給率も9%くらいなもの」と述べたのだ。

これはおそらく石破氏の政治の師である故・田中角栄元首相の指導の賜物だろう。石破氏は折に触れ、「田中先生から『訪問した家の数、握手で握った手の数しか票は入らない』と教わった」とその選挙哲学を披露している。

2戦2敗の因縁
その田中角栄から「政界に出ろ」と勧められたきっかけは、鳥取県知事や自治大臣を務めた父・二朗が死んだ時だった。石破氏は1983年には三井銀行(当時)を辞め、田中が領袖の木曜クラブ事務局に勤務。衆議院選初当選は1986年で、安倍元首相より7年早い。

安倍元首相が初当選を果たした1993年には、石破氏はすでに話題の人だった。宮沢内閣不信任決議案に賛成を投じ、細川内閣の政治改革4法案にも賛成した。そして新生党などを経て新進党結党に参加。当時の石破氏は農水政策に精通するホープで、住専問題で自社さ政権を批判する急先鋒として知られていた。

この頃の安倍元首相は一介の新人議員にすぎなかった。ブレイクしたのは小泉政権で官房長官や幹事長に抜擢された時だ。2002年に小泉訪朝が実現し、北朝鮮による邦人拉致問題がクローズアップされたことも安倍元首相の追い風となった。

安倍元首相が拉致問題にかかわるきっかけは、亡父・晋太郎の秘書時代に被害家族から陳情を受けたことだった。被害者の心に沿って北朝鮮に対する厳しい態度を示したことが、国民の共感を呼ぶことになった。

しかしながら体調不良により、第1次安倍政権は1年しかもたなかった。2008年の総裁選には石破氏も出馬したが、最下位で終わっている。2人が激突したのは2012年9月の総裁選で、第1回目の投票で石破氏が安倍晋三元首相を押さえてトップを勝ち取った。

だが「出戻り組」の石破氏は同僚議員の票を得ることができず、2018年の総裁選でも安倍元首相に大敗した。しかも2020年9月の総裁選では、いち早く流れを掴んだ菅義偉前首相はもちろん、都道府県票を10票しか獲れなかった岸田文雄首相の後塵をも拝したのだ。

その翌月には水月会の会長を辞し、2021年9月の総裁選では出馬も叶わなかった。しかも応援した河野太郎元外相も落選したため、石破氏の存在感はすっかり薄くなっていた。

この日、石破氏がまわった演説スポットは4か所にわたる。いずれもご当地の話題に触れ、地元の飲食店の名前を具体的にあげていた。隣に立つ朝日候補を持ち上げながら、自分の意見を入れ込んでいく。その中に痛烈な安倍批判が盛り込まれていると感じたのは、筆者だけではないだろう。

「私もまだ67歳。若いんです」と安倍元首相は生稲晃子候補の応援演説で自己PRしたが、石破氏は65歳でそれより若い。果たして石破氏はこの時代の大転換期にラストチャンスを掴めるか―。壮大なドラマはすでに始まっているのかもしれない。

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